前回は、ジョバンニに「銀河鉄道」の夢を見させる重要な役割を演じたブルカニロ博士についてお話しました。
そして、「信仰も化学のように実験で証明できれば」というブルカニロ博士のセリフに、賢治の 「世界がぜんたい幸福にならないうちはひとりの幸福はあり得ない」という思想を証明するための、清くも乱暴な結論のように聞こえる、ということをお話しました。
今回は賢治の思想について少し触れてみたいと思います。
賢治は18歳の時に法華経に目覚め、熱心な浄土真宗信者だった父親と激しく対立します。 布教活動や法華経を広めるための執筆活動にのめりこんでいくわけですが、その信仰ゆえに親友の保坂嘉内とも決別しています。
この保坂こそ、何人かいるといわれているカムパネルラのモデルの一人といわれています。
賢治は24歳の時に東京の妹トシを見舞った際に田中智学の演説に感銘を受け、彼が率いる『国柱会』に入会します。(簡潔にいうと国柱会は戦前は戦争推進派)
そして保坂に対しても必死に国柱会への入会と日蓮宗への帰依を薦めるのです。
保坂はキリスト教をはじめさまざまな思想をバランスよく吸収した秀才で、農村の貧困改善を己の進むべき道と決意した芯の通った男でした。
そんな保坂と賢治は、対立し、ついに絶交します。
保坂が自分の道をまっすぐ追求したのに比べて、賢治は明確な目的などないように揺れ動きます。
今でいう転職を繰り返し、トシからも『兄さんには商売の才覚がないのですから』と手紙に書かれてしまう始末でした。
国柱会のほうでも熱意だけで家を飛び出してきた賢治をもてあましていた感があります。
『銀河鉄道の夜』の執筆が始まったのは、 保坂と決別し、トシを病で失ってから約2年後のことといわれています。(トシもカンパネルラのモデルの一人といわれています。)
自分の信仰に挫折し、妹を亡くした失望や喪失感から生まれた『銀河鉄道の夜』初期稿(第一次稿~第三次稿)は、 どこまでも理想を追求しながらも思い通りにならない深い孤独が反映されているように感じるのです。
法華経に対するこだわりや違う考えの人を受け入れられない葛藤が浮き彫りになり、必死に自分を納得させようとしているような感じを受けるのは、ブルカニロ博士という超自然的存在、つまり神様のような存在を作り出したところにあるのかもしれません。そんな「神様」の口から自分の思想を化学(答えが一つしかないというものとしての引き合い)のように「証明」したいと言っているところに、賢治の頑固さや弱さ、もどかしさを読み取ってしまうのです。
そしていよいよ第四次稿では、ジョバンニは自発的に『みんなのほんとうの幸い』を探しに行く決心をします。
本当の幸せとは何なのかと問われ、『僕わからない』と答えてしまうジョバンニとカムパネルラですが、無理に創造した神様に指し示された答えでなく、生身の少年の苦悩の果ての解答であるところに魅力を感じます。
ブルカニロ博士という存在に頼ることなく、主体的に行動しようとするジョバンニに、 賢治自身の成長を読み取ることはできないでしょうか。
晩年賢治は国柱会と距離を置き(亡くなるまで会員でした)、極端な菜食主義からも脱却します。
昭和5年、友人へ宛てた手紙には、講師を務めた羅須地人協会時代を振り返り、 「私は今まで少し行き過ぎてゐたと思ひます」と、自身を反省する言葉が出てきます。
また、昭和6年に大熱を発症し、死を覚悟した際の父母へ宛てた遺書には次のように書かれています。
「この一生の間どんな子供も受けないやうな厚いご恩をいただきながら いつも我慢(ママ)でお心に背きたうたうこんなことになりました(略)どうかご信仰といふのではなくても(日蓮宗の)お題目で私をお呼び出しください。そのお題目で絶えずおわび申しあげお答へいたします」
「どうかご信仰といふのではなくてもお題目で私をお呼び出しください」と書いているところに、賢治の切実な願いと、違う価値観の人間への配慮が伺えないでしょうか。
ブルカニロ博士のお説教をまるまる削除した第四次稿は、挫折や孤独を通して成長した賢治が、無理に「幸い」への答えを出そうとして頑迷にならなくていい、探し続けることに意味がある、そう言ってくれているような気がします。
賢治は農学校の教師時代に、『人間は何故生まれてきたか、ということを知らなければならないために、この世に生まれてきたのです』と教えたそうです。
そもそも賢治自身が生きている間は恵まれた人ではなかったように思います。
作家として認められることもなく、保坂との友情に敗れ、最愛の妹と死に別れ、信仰に挫折し、転職を繰り返し、病に苦しんで三十七歳でこの世を去ってしまうのです。
しかし、出版される当てもない原稿を死の直前まで執筆、改稿を繰り返していたのも、賢治が『本当の幸』を探し続けた証拠ではないでしょうか。
ここまで自身の生が反映されている作家も珍しく、そこが賢治の最大の魅力なのかもしれません。


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