稀代のストーリーテラーとして有名な宮部みゆきさんの「蒲生邸事件」。
今から20年ほど前の作品で日本SF大賞を受賞しています。
予備校受験のために上京した隆史は、2月26日未明、ホテル火災に見舞われます。
間一髪、時間旅行の能力を持つ男に救出されますが、そこは昭和11年。まさに二・二六事件が勃発している東京でした。
タイムトラベルとミステリーが融合した長編小説で、ハラハラドキドキのストーリーと、ちくりと胸の痛みを残しながらも爽やかな読後感を残す宮部ワールド。
さて、ストーリーはぜひ本編で楽しんでいただきたいのですが、私が注目したのはタイムトラベラー「平田」の、「歴史」に対する独白の部分でした。
現代に生きる平田は、過去に起こった大きな事故や事件を知っています。
だからその時代にタイムトリップし、これから起ころうとする事実を「食い止め」ようと奔走します。
しかし、歴史的事実は変えられても歴史は変わらない、つまり同じような悲劇は起こるという現実に直面するのです。
例えば昭和60年8月12日に起こった日航ジャンボ機墜落事故、 あれは本来(小説の中では)昭和60年8月10日に起こった事故でした。
平成元年の時点で平田はその悲劇を食い止めるために昭和60年にタイムトリップします。
そして8月10日、日航に脅迫電話をかけ、そのジャンボ機の飛行を阻止させることに成功します。
これで惨劇は免れた、と思ったのもつかの間、8月12日に件の大事故が勃発します。
つまり平田は、8月10日に起こる事故は食い止めることができましたが、「昭和60年に日本でジャンボ機が墜落するという事実」を変えることはできませんでした。
「やっぱり駄目だ、歴史を変えることなんかできない、とね。(略)ひとつの過去の惨事を防ぐ。そうすると、まるで私の努力を嘲笑うみたいに、必ず似たような事件が起こるんだ。むろん、場所も違い、関わる人びとも違う。でも事件の性質はそっくり同じだ。」
そして平田は「歴史の流れは決まっている」と総括します。
「昭和六十年のあたりで、この日本の国内で、社会の許容量を超えるような人的損害をもたらす航空機事故が起こる、と。その事故が起こることで、些細なことから大きなことまで、この社会には様々な影響が生まれる。実際、八月十二日の事故以来、日航の親方日の丸体質が糾弾されたり、ジャンボ機の安全性に対して疑問が生まれたり、日航の社長が引責辞任したり、いろいろなことがあったのを君も知っているだろう。(略)歴史は決めていたんだ。そういう事故を、昭和六十年ぐらいに、日本で起こそうと」
「私が大車輪で過去に戻り、歴史的事実に修正を加えようと行動を起こすとしよう。それでも、大東亜戦争は起こるだろう。原爆も落ちるだろう。高度経済成長も起こるだろうし、ぜんそくや有機水銀中毒症のような公害も出てくるだろう。それは広島じゃないかもしれない。四日市や川崎じゃないかもしれない。水俣じゃないかもしれない。でも、どこかで起こる。誰かが巻き込まれる」
時間を行き来でき、「死ぬ運命にある人を助けることも見殺しにすることもできる」平田は自らを「まがいものの神」と自嘲し、昭和11年に残る決心をします。
私はこの作品から、過去を差別せず、今流れている時間に責任を持って対峙することの重要性を感じました。
目を覆いたくなる惨事は起こるべくして起こる。
それを経験した先人たちが何を感じ、どう動き、どう責任を取ったのか。
現代に生きる我々はそこから何を学び、何を後世に伝えていくのか。
既に我々は「歴史」の中にいます。
一万人以上の死者を出した東日本大震災は、日本のエネルギー問題に対する課題を突きつけています。
未曾有の少子高齢化にも、私たちは現代人の感覚としての議論を要求されています。
移り行く国際情勢に対して、日本国憲法のあり方を問われています。
よく「歴史なんて勉強して何になるの?」という方がいます。
連綿と続いている人類の叡智を学び、現代の問題と真正面に向き合い後世につなげていく、それが「現代人」の責任だとしたら、今を生きるヒント、明日に繋げる力を養うために歴史を学ぶことは大切ではないでしょうか。


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