【フィジカル編1】「心・技・体」心と体が基本

勉強法 フィジカル編

成績向上を「成功」と定義するならば、そこに至るためには様々な要素が必要です。

学習を続ける「体力、体調」、積極的に学ぼうとする「気力(心)」、勉強法といった「技術」。

いわゆる「心・技・体」と言われるものです。

この3つで優先順位をつけるとしたら重要なものから「体力、体調(体)」と「気力(心)」の両輪からの「技」、の順番になると思います。

いくら素晴らしい技があっても、気分が乗っていなければその技を習得する気にもなれません。

そして気分は多分に体調に左右されます。

目の前の現実を変えたければ、体調、気分、技の順に充実させる必要があります。

 

例えば、人ごみで人とぶつかったとします。

この時、ある人は「なんだ、このやろう!」という気持ちになり、相手に文句を言って喧嘩になるかもしれません。

その人の目の前には「不快」という「現実」が現れるのです。

これは「ぶつかった」ということで怒りを感じ、それゆえの行動ということになります。

 

しかし同じように人とぶつかった時でも、あるときは「あ、すみません」とか、「大丈夫でしたか?」と逆に相手を心配するときもあります。

そのときは、お互いに謝って気分良くその後の時間を過ごすことができます。

 

「人ごみで人とぶつかった」

この状況は変わらないのに、快、不快の現実(結果)には違いがある。

この違いを考えるとき、我々は重要なことに気づきます。

人とぶつかっても素直に謝ることができたり、相手を心配することができたりするのは、「機嫌が良かったから」。

人とぶつかって不快になったのは「機嫌が悪かったから」。

相手と喧嘩になってしまった人は、朝家を出るときに家庭で何か嫌なことがあってむしゃくしゃしていたのかもしれません。

それが「人とぶつかる」ということで爆発してしまっただけなのかもしれないのです。

だとしたら「快」を感じる現実を作るための方法は、「自分で自分の機嫌を取る」ことにほかなりません。

機嫌が悪い時は信号待ちでも電車の遅延でも赤ちゃんの泣き声でも「不快」になるのです。

その不快を取り除く方法として様々な心理テクニックがあります。

したがって心の動きについて学ぶことは非常に重要です。

ただし、「体調」がすぐれない時はなかなか心が落ち着きません。

心を柔軟に保つのと同じくらい体調、体力も、より良い人生を歩むためには重要な要素であると考えます。

古い歌でこのような歌詞がありましたね。

「若者よ 体を鍛えておけ 美しい心が たくましい体に からくも 支えられる 日がいつかは来る その日のために 体を鍛えておけ 若者よ」(ぬやまひろし)

 

「体」についての考察は個人差もあると思いますので、一般的に言われていることや体験談を中心にお話ししていきます。

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