【小説・サクラサクまで3】「無能な働き者」の奮闘

小説・サクラサクまで

<前回までのあらすじ>

12年間勤めた外資系企業をリストラされた福永英二は、「アクトク人材紹介会社」の下北沢鉄夫から個人学習塾「旬学舎」の塾長職を紹介される。下北沢の狙いは塾の経営を傾けさせ、懇意にしている学習塾経営者の渋谷太一に買い取ってもらうことだった。亡くなったばかりの先代が堅実な経営を行っていた「旬学舎」を渋谷に少しでも安く買い取ってもらうために、塾業界未経験で社会人としてもうだつが上がらない福永をリクルートして経営を悪化させようという計画だった。

そして下北沢は福永に対して塾の経営を「悪化させる方法」を、さも「経営を成功させる行動」のように伝え、「旬学舎」の評判が下がるのを待った。

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思いのほかうまくいっていないという連絡をもらったのは9月の中旬だった。いや、こちらの事情的に「うまくいっていない」ということで、つまり「旬学舎」にとってはいいことだ。

「下北沢さんに言われた通り早速やってみましたよ、オヤジギャグ」

福永の電話を受けた下北沢は内心「しめた!」と思った。「本当にやりやがった、あのバカ」と思いおかしくなった。年よりも老けて見える小柄な「おっさん」から放たれるギャグでさぞ教室が寒くなったことだろう。

しかし思いのほか福永の声は弾んでいた。

「テストが近い中2の仲良し女子3人組が対策プリントを所望したのでテスト範囲を確認しながらせっせとプリント作成をしてあげたんですよ。教室には西向きの窓がありましてね、そこからの夕陽が大変美しい。そんな風景を見ながらふと思いついたんで、仕上がったプリントを渡しながら、

「ほらよ、あの美しい夕陽分を印刷したぜ」

と言ったんです」

 

「夕陽・・・?」

キョトンとする女子中学生たち。

「夕陽は英語で?」

福永が尋ねる。

女子1「えっと、えっと、なんだっけ?」

女子2「今回のテスト範囲で出てこなかったっけ?」

女子1「出てた! えっと・・・」

女子3「あ、sunset(サンセット)

福永「そう。だから、君らの人数分の・・・」

女子1、2、3「3セット!

福永「そういうこと」

 

聞いているこっちが恥ずかしくなる、と下北沢は思ったがこれで撃沈してくれたのであればまあいい。ところが、

女子三人は「おお~!」と感心し、手をたたいて笑い出したらしい。

女子1「ウケる!」

女子2「先生、賢い~!」

女子3「勉強チックにギャグいうの塾の先生っぽ~い!」

「いや~、下北沢さんのおっしゃったとおり、「箸が転げても笑う年頃」の女子たちにオヤジギャグは効きますね」

本気で言ってる? こいつ・・・。

馬鹿にされているだけだろ、と思いながらも話を聞いていくと、それ以来面白いおじさんと思われたのかそれから先もその三人組は福永によく声をかけるようになったという。

「また、こんなことがありましてね」

福永は続けた。

 

一生懸命勉強している中学3年生の歴史の教科書を取り上げ、一節を読み上げた。

『1936年2月26日、陸軍部隊を率いた青年将校らが大臣を殺傷し、首相官邸や国会議事堂周辺などを占拠する事件が起こりました(二・二六事件)。反乱は鎮圧されましたが、軍部がさらに力を強め政府や国民は軍に反対できなくなっていきました。』(帝国書院旧版)

「『反乱は鎮圧された』でも『軍部の力は強まった』って矛盾してない?」

生徒たち「たしかに・・・」

「これはな、誰が誰を鎮圧したのか、っていう記載が曖昧だから訳わからんのだよ。2.26事件っていうのは陸軍の派閥争いだったんだ。統制派と皇道派っていってな。皇道派が起こしたのが2.26事件。それを鎮圧したのが統制派。だから事件後に統制派が陸軍を牛耳るようになったわけ。つまり皇道派が『鎮圧され』ても統制派が力を持ったから『軍部がさらに力を強め』たわけ」

生徒たち「なるほど~」

「軍の力が強まったきっかけは統制派による内閣への干渉だな。一時廃止されていた「軍部大臣現役武官制」を復活させたんだよ」

生徒たち「なんすか、それ」

「知らんのかい。君ら歴史は流れで覚えないと意味ないぞ。あのなあ、陸・海軍の大臣を現役の武官から選ばなくちゃいかんっていう仕組みで、1900年に山縣有朋が作ったやつだよ。総理大臣のことが気に入らなかったら軍部大臣が辞職して、次の大臣を出さないようにする。そうしたら組閣できないから総理大臣が辞職に追い込まれるっていう仕組みだ。軍部の発言権が強まる。で、これはまずいってんで1913年の山本権兵衛内閣の時に廃止されてたんだよ。一般社会で働いている軍隊在籍者の「予備役」や現役引退した後の「後備役」も大臣になれるよって仕組み。ところで、この2.26事件をきっかけにクーデターを起こした皇道派の人たちには予備役に編入させられちゃった人がたくさんいたわけ。それを統制派は逆手に取ったんだな。「軍部大臣現役武官制」を復活させたわけだ。「「軍部大臣現役武官制」復活させないと、2.26事件に関わって予備役とか後備役になってる皇道派の奴らでも大臣になれちゃうけどいいの?」とか何とか言ったんだろうよ。これが『さらに軍部が力を強め』た経緯よ。こういう説明がないから教科書って分かりづらいんだよなあ。こんなの一生懸命読んでても本質は見えてこないぞ」

もちろん歴史には様々な解釈があり、福永の発言も一つの解釈に過ぎない。しかし子どもたちには好評だった。

生徒たち「すげ~、学校の授業より分かりやすい!」

生徒たち「こういう解説待ってました!」

と感心されてしまった。その後も子どもたちは勝手に盛り上がり、皆積極的に社会の問題集を解き始めた。その日はこれまでにないほどの集中力を発揮していた。

 

それを聞いていた下北沢はスマホを床にたたきつけたいほどの衝動に駆られそれをなんとか抑えていた。

「いや、余計なことやってんじゃねえよ! そういう話子どもは好きなんだよ。ってかFラン出身のお前がなんでそんな予備校の講義みたいな話してんだよ!」、というのは下北沢の心の声。

「あと、これも下北沢さんの言う通りでした」

さらに福永は続ける。

 

遅刻常習犯の中1男子を呼び出し、説教した。

「あのなあ、うちの1授業いくらか知ってるか?」

「いえ、知らないっす」

「当然だがタダじゃないんだぞ。1授業90分3,000円、つまり1分あたりおよそ34円だ。君はいつも何分遅刻している?」

「だいたい5分くらいです」

「ということは毎回170円無駄にしているということだ。授業が月8回だから1,360円だな。君は今日家に帰ったら母上に1,360円払いたまえ!」

これは、さすがに生徒に嫌がられたんじゃないか? そんなビジネスライクな話中1に分からんだろ、と下北沢は期待した。が、

そうしたら彼、深刻な顔をしてうなだれてちゃって、

「・・・返す言葉、ないっす。すみませんでした」

ですって。彼はそれ以来遅刻をしなくなりました。むしろその日の夜に彼の母親から電話があって感謝されましたよ。帰宅後私との話を母親に伝えたみたいで、「大人扱いしてちゃんと叱ってくれた」ことがうれしかったと報告されました。ま、「躾は家で頼むよ、母上」とは思いましたけどね。ははは~(笑)。

 

「ははは~、じゃねえよ! なんでお前の教室にはそんないい子どもたちがそろってんだよ!」、というのは下北沢の心の声。

とにかく一事が万事、下北沢が指示した嫌われる要素を試した結果、何か言うたびに感心されたり楽しませたりしているらしい。

いつしか生徒たちからは「面白いおじさん」「たまにいいこと言うおじさん」「口は悪いけど言ってることは正しいおじさん」などと「陰口」を言われるようになりそこそこ受け入れられるようになってしまった、というようなことを照れながら福永は語った。

これだから「無能な働き者」は迷惑なんだよ! こっちの計画が台無しじゃないか! はらわたが煮えくり返るような心持ちながら、「それはよかったですね」としか返しようのない下北沢だった。

「それともう一つなんですが」

福永の声は相変わらず弾んでいる。

9月、一人の少女が専任講師候補として応募してきたのだという。

福永としては経営に注力したいところで、また自分の学力にはやはり自信がないのか塾の商品である「勉強」面に不安を持っていたようだ。そこで勉強(教務)全般を担当してくれる講師を募集したらしいのだ。

「旬学舎」の指導形態は集団形式。学年と科目ごとに曜日と時間を決めて大学生講師が講義をする。開校時間中はいつでも自習ができる。さらに質問対応もできる「質問対応プラン」も用意しているが、そちらは受験生専用で別途料金がかかる。これといった特徴はない、ごくありふれた町塾であった。

授業を行う講師とは別に、教務全般、また教室運営にも携わる「次期塾長」のような存在が欲しかった。

そこに応募してきたのが、吉祥寺妙恵と名乗る18歳の現役女子大生だった。

そしてこの少女の存在が「旬学舎」のさらなる発展を生んでしまうことに、この時の下北沢も福永も気づいていなかった。

 

<続く>

次回は10月7日更新予定です!

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