【小説・サクラサクまで21】裕香の進路選択② 薬学部

小説・サクラサクまで

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前回までのあらすじ

高校1年生の高井戸 裕香(たかいど ゆうか)は周りからの指示や意見を素直に受け入れるまじめな優等生。成績もよくテニス部でも学年のリーダーを任されるなど理想的な高校生活を送っていた。しかし将来を考えたときに自分の意思がないことに気づいて進路希望調査への記入ができないでいた。そんな時クラスメートの東松原 一絵(ひがしまつばら かずえ)が舞台女優を目指していることを知る。大学を目指すという一絵の希望学部が薬学部と知り、女優と理系学部の関連性が分からず真意を聞いた。

それに対して一絵は答える。

夢を夢で終わらせないために、まずはしっかり地に足を付けて、自分の将来考えてみたの

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「それってどういうこと?」

裕香は一絵に聞いた。

「まず、私、理系科目の方が得意だし」

確かに一絵はこれまでのテストで数学Ⅰ、数学Aと化学基礎、生物基礎は常に学年1位だったことを裕香は思い出した。演劇部のホープで理系科目得意なんて、本当に一絵はカッコいい、と思っていた。「それに薬剤師の資格を取ろうと思うの」

「薬剤師?」

「うん。舞台役者なんて、いつ仕事がなくなるか分からないじゃない。それに舞台に出られたら出られたで長期間仕事はできなくなる。だからまずは手に職を付けて、いつ、どこでも働ける自分になろうと思ったの。薬剤師ならブランクがあっても働けるし、時給もいいし。演技の勉強は社会人になってからでもできるけど、資格を取るための勉強は今しかできない。生活するうえでお金ってやっぱり大事でしょ? 人生で大事なものは他にもっとあるとは思うけど、「順番」を考えると、やっぱり経済的な自立が何よりも優先だと思う。それができるようになってから好きな道を思いっきり歩みたいと考えたの」

「へえ~! すごい! よく考えてる!」

裕香は心の底から感心した。

役者になりたいという大半の高校生は、演技の勉強や作品理解のために文学の勉強をしようと考えるだろう。もしくは専門学校や、高校卒業後に芸能の世界に飛び込んでゆこうと考えるだろう。それは決して否定できるものではない。しかし、そうやって飛び込んだ先に待っているものが何なのか、本人にも分からない。もし、大きすぎる夢が叶わなかった時、その人は何を思うのだろう。芸能人の「食えない時代」の苦労話はテレビやネットでよく見かけるが、同じように苦労をしながらも日の目を見なかった者が多くいるに違いない。その人たちは、夢破れた後どのような生活を送るのだろうか。それを思うと裕香は他人事ながら心配になる。その点、一絵はよく考えていると思った。

「別に、ただ臆病なだけよ」

一絵は謙遜したが裕香は首を振った。

「そんなことないよ。さすが、大人だなあ、カズちゃんは。じゃあ、4年間はみっちり薬の勉強だね」

「え? ああ、薬剤師の資格を取るためには6年制の大学に行く必要があるんだ」

「え、6年?」

「そう。薬学部の中に薬学科薬科学科っていうのがあってね。薬学科は6年制で薬剤師資格を取るための勉強がメイン薬科学科は4年制で薬を作る研究なんかをメインで行うから、薬剤師の資格は取れないんだ」

「へえ~、薬学部も2つに分かれるんだ」

「うん。親の世代はまだ4年制でも薬剤師資格取れたらしいんだけど(2007年より制度変更)、今は無理」

「そっか。じゃあ6年も勉強するのか。大変そうだね」

「楽ではないと思うよ。でも薬のことだけじゃなくて色々な知識を得られるから楽しみでもある。こういう知識って、結局役者として演技するうえでも役立つと思うんだよね」

一絵は目を輝かせながら答えた。

自分と同じ年の子がここまで真剣に自分の将来を考えている、そのことに感心すると同時に多少の負い目を感じざるを得ない裕香だった。

「そっか、資格か・・・」

裕香はつぶやいた。資格から進路を考えることなど今までなかった。どこかの大学には行くのだろうし、私のことだから充実した4年間を過ごし、それなりの会社には入るだろうけど、あまりにも漠然とした未来図だと恥ずかしくなった。

「私みたいな人が特殊なんじゃない? 舞台を続けたいからっていう理由で薬学部目指す生徒って」

一絵はあくまでも謙遜する。「大学入った後も薬剤師になってからも大変なのは覚悟の上だけどね」

「カズちゃんのそういう選び方もありだと思う。他の人は違うのかな?」

「少ないでしょうね。従姉がピアノをやっているんだけど、同じような理由で薬剤師やっているよ。ピアノの仕事が入ったら薬剤師辞めて、終わったらまた薬剤師やって、て」

「へえ。実例が身近にあったからカズちゃんの中に選択肢としてあったんだね」

「たぶんね。部活のOBOGの話なんか聞くと、国家資格が取れるからっていうのはあるけどそれよりなにより「人の役に立ちたい」っていう思いを持った人が多いよね。当たり前かもしれないけど。で、その中でもお医者さんは目の前の人を対象とするけど薬ならもっとたくさんの人を救えるかもしれないから、っていう理由で薬学部を選んだっていうのはけっこう聞いたな」

「そうなんだ」

「うん。あとは理科が好きだからっていうのも。生物、物理、化学全部に絡んでいるから、絞れなくて薬学部にしたっていう先輩も結構いた。研究が好きなら理学部、物理とか化学の知識をものづくりに活かしたいなら工学部バイオとかに興味があるなら農学部とか、他の学部は割と理科のどれかに特化していると選択しやすいけど、薬学部はそのどれにも関わっているから。あと、実験も好きだし。薬学部は2年生からずっと研究っていうしね」

「なんか頭いい人ばっかりが行く学部っぽいよ~。当たり前だけど(笑)。他にはどんな理由の人がいた?」

「う~ん、医療には関わりたいけど血が苦手だからっていう人もいて、確かにな、と思った」

「確かに・・・」

「あとは新薬を開発したいっていう理由で初めから4年制の薬科学科の方を志望した先輩とか。まあ、4年制行った人のほとんどは大学院に行くから、社会に出るのはどっちの学科も普通の人たちより遅いんだけどね」

「薬剤師の資格が取れたとして、カズちゃんはどこで働きたいの?」

「私は、薬局かな。卒業生の4割くらいが薬局で薬剤師やっているらしいよ(薬学教育協議会の調査より)」

「確かに、薬剤師といえば薬局っていうイメージがあるけど、他にも働く場所があるの?」

「他にも病院とか診療所も2割くらいだって(同調査)。病院だと患者さんに直接薬の説明とかするらしいよ」

「それも面白そうだね。ところで素朴な疑問なんだけど病院と診療所ってどう違うの?」

「ざっくりいうと、20人以上の入院が可能な施設が病院で、19人以下の入院が可能か入院設備がないところを診療所っていうらしい」

「へえ」

「あとはドラッグストア。最近はセルフメディケーション(自主服薬)とかって流行ってきているから窓口で薬の相談ができる人がいるとありがたいんだって」

「そうなんだ。確かに、薬局とかドラッグストアで「薬剤師募集」って結構見るもんね」

「だね。あとは薬とか人体の知識を活かして化粧品会社とか食品会社で働いている人もいるし、厚生労働省とか地方自治体の薬務課なんかの公務員になる人もいるし、麻薬取締官とか科捜研でも活躍できる。人と話すのが得意なら薬を売るMRっていう営業職もあるし」

「結構就職先はありそうなんだね」

「そうね」

それから二人はしばらく話した後、街に鳴り響く16:30のチャイムを合図に教室を後にした。

 

家に向かう途中で母から帰りにスーパーに寄って牛乳を買ってきてほしいというLINEを受け取った裕香は、この街唯一の大型スーパー「いろはスーパー」に立ち寄った。

ちょうど夕食の献立を考える主婦たちでにぎわっていた。

入ってすぐの青果コーナーで台の上に野菜を並べて屋台のたたき売りのように声を張り上げているオジサンを見つけた。

「さあ、今日は一足早く、京都から壬生菜が届きましたよ! 大変お安くご奉仕いたしますので、奥様方、ぜひもらってちょうだいな!」

聞き覚えのある甲高い声。

普段塾で聞き慣れているうるさい声。

教室長の福永英二だった。

そういえばこのオジサン・・・。

と裕香は思った。

どこの大学で何学部出てるのかしら?

裕香は入り口で買い物かごを引き抜き、青果コーナーにまっすぐと歩いて行った。

 

<続く>

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