【小説・サクラサクまで2】塾の売り上げを下げる方法

小説・サクラサクまで

<前回までのあらすじ>

12年間勤めた外資系企業をリストラされた福永英二は、「アクトク人材紹介会社」の下北沢鉄夫から個人学習塾「旬学舎」の塾長職を紹介される。下北沢の狙いは塾の経営を傾けさせ、懇意にしている学習塾経営者の澁谷太一に買い取ってもらうことだった。亡くなったばかりの先代が堅実な経営を行っていた「旬学舎」を澁谷に少しでも安く買い取ってもらうために、塾業界未経験で社会人としてもうだつが上がらない福永をリクルートして経営を悪化させようという計画だった。

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2023年8月のお盆前、下北沢は福永と面接を行った。

向こうが良ければ決定である。転職支援であれば当然転職先の想定年収の〇〇%をもらうことになるが、今回は塾長という「経営者になりませんか」という仕事の紹介に過ぎない。この男が引き受けなかったとしても他を当たればいい。急ぐことはない。

「あまり塾にはいい印象がないんですよね」

福永は見た目通り陰気な声で言った。ただ、「落ち着いている」と言えなくもない。外見は地味で頭も悪そうだが、さすがに外資系企業で12年勤めただけありいくつかの修羅場はくぐってきたようだった。頭は悪いが経験で何とかやってきたという、外見の形容とは似つかないがなにか「逞しさ」のようなものを感じさせた。逆に言えば少し頑固で融通が利かない感じがする。成果主義の外資系企業で揉まれ、あまり人を信用せず、人と関わることにも苦手意識を持っているような印象を受けた。とてもではないが子どもや女性に好かれるタイプには見えなかった。いい傾向だ。

「中学時代通っていた塾も町塾で、塾長がやたら高圧的で教室も汚くて好きになれなかったんですよ。受験期も自分で勝手に過去問を繰り返し解いたりまとめノートを作ったりして、あまり塾のお世話になった記憶もない。成績が上がるか上がらないかは結局子ども自身のやる気の問題じゃないですかね。それに、塾や予備校の癖のある講師や経営者の姿は度々テレビや雑誌で目にしますが、子ども相手だから許される傲慢さというか、社会常識のなさというか、そんな雰囲気が伝わってきてどうも好きになれないんですよ」

場の雰囲気を和ませるためか営業スマイルで言う福永に合わせて下北沢は笑って答えた。

「確かに、一昔前の塾業界はそうだったかもしれませんね。子ども相手にいい年した大人が怒鳴り散らしたり殴ったりしてましたもんね」

「ね、私ああいうの大っ嫌いなんですよ」

「分かります。ま、時代は変わったといいますか、昔は癖のある人が集まる業界だったかもしれませんが、そうですねえ、「ena」って塾を運営している「学究社」っていうところが業界で初めて株式上場しましてね。そのあたりくらいですかね、学習塾に新卒の子とか普通の若い人たちが集まるようになったのは」

下北沢は渋谷から聞いた蘊蓄を語った。

「そうなんですか。確かに、最近は大きな駅前とかにある塾って立派な建物のところが多いですね」

その後しばらく雑談をして、話はまとまった。この貧相なアラフォー男があと半年もしたら赤字教室の経営に絶望し、教室を相場より安値で売りに出すことを想像して下北沢は少し心が痛んだ。しかし、それも仕方ないことだと一瞬で気持ちを切り替えた。「頭がよくない者のお金が頭のいい者に行く」のが資本主義の常である。リーダー経験もなく人間的魅力も感じられない低学歴の福永は、最も自分に向かない道を踏み出そうとしていた。そこに気づかない頭の悪さの責任はもはや彼自身が取らなくてはいけない

下北沢は短く息を吐き、福永に経営の心構えを説き始めた。

 

まずは自分の頭を整理する。

塾の売上を下げるのは簡単なはずだ。生徒数を減らせばいい。ではどうやったら生徒が減るか。

第一に、成果を出さないこと。受験結果しかり、定期テストの結果しかり、模試の結果しかり、検定の結果しかり。結果が出なければ生徒はやる気をなくし、保護者も費用対効果を考え他の塾へ移ってくれるだろう。

第二に、生徒から嫌われて教室の雰囲気を悪くすること。寒いオヤジギャグは特に女子生徒から不興を買うであろう。その他に理不尽な説教、宿題忘れや遅刻などを頭ごなしもしくはビジネスライクに叱る、など方法はいくらでもある。

第三に、生徒に勉強のやる気を起こさせないこと。「どうせ社会に出て使う知識なんて今習ってるもののごく一部なんだから」「社会に出て求められる力なんてまた別ものなんだから」「いい大学出ててもクビになっちゃう世の中だから」「好きなことで生きられる時代なんだから勉強なんてしなくたって」など、子ども受けしそうな耳障りのいい悪魔のささやきのセリフはいくらでもある。もしくは「こんな勉強もできないやつが社会に出て通用するか!」というような説教をしても子どもから嫌われそうだ。あとは授業中にだらだらと雑談をして勉強時間を奪う方法もある。「時間なくなっちゃった、あとは宿題ね」と投げれば、たいていの子どもはそのままにして学習などしないだろう。

そしてこれらを善意のように福永に伝える。

「いいですが、福永さん。学習塾を成功させるためには3つのポイントがあります。まず、塾の生命線は何といっても「実績」です。受験結果、定期テスト、検定など、とにかく結果が第一です。そのためには、時に厳しい指導も大切ですよ。今の子どもたちは打たれ弱いと言われていますが、多少の厳しさは必要です。社会に出たらもっと厳しいんです。結果にこだわって、死ぬほど勉強させてください」

要は、追い詰めろということだ。「子どものやる気を上げる」、「子どもに寄り添う」教育が主流の今、多少でも厳しいことを言ったら心離れていく生徒は一定数いるはずである。

「第二に、生徒から好かれること。子どもたちは意外とオヤジギャグが好きなんですよ。特に女の子は「箸が転げても笑う」年頃ですからね。いっぱいギャグを言ってあげてください。それから、塾はあくまでも教育現場です。時には厳しく接することも大切ですよ。例えば遅刻や宿題忘れなんかは、子ども扱いせずに、社会人並みに詰めた方がいいでしょう」

福永はまじめな性格なのかせっせとメモを取っている。こういうところも「無能」なのだ。自分の頭で考えるということをしない。

「そして3つ目。子どもたちのモチベーションを上げることです。時には雑談で勉強以外の話をするのも良いでしょう。授業時間はあくまでも子どもたちのモチベーションを上げるための時間ですから、極端な話、授業時間を目いっぱい使って雑談したって、それで成績が上がるのならいいんですよ」

物は言いようである。

「また、社会人経験がある福永さんだからこそ語れることがあると思います。学校の勉強がすべてではないということ、教科書に書いてあることだけでは足りないということ、そんな話をしてあげたら、子どもたちは喜ぶと思います」

(Fラン大学出身のお前には無理だろうけどね)というのは下北沢の心の声である。

「もしくは、時には喝入れで、「学校の勉強ができないようなやつが社会に出て通用するか!」みたいなことも言ってあげるのも愛情だと思いますよ」

これらをすべて実行した暁にはおそらく生徒の成績はたいして上がらず、福永も塾生から嫌われ、保護者からの信頼も失うだろう。多くの生徒・保護者が「あの塾長にはついていけない」と辞めていくだろう。そうやっていい感じで赤字経営になったところで事業再生プランと最強AI学習ツールを引っ提げて「第一学力社」が買収し、建て直しを図る。福永塾長はお払い箱だ。そもそも低学歴、万年平社員のうだつの上がらない自分がいきなり塾の経営を任されることに疑問を感じられない頭の悪さを恨むんだな、と下北沢はほくそ笑んだ。

こうして盆明けに、福永英二は「旬学舎」の塾長として業務を始めた。

 

<続く>

次回は10月4日更新予定です!

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