<前回までのあらすじ>
外資系マーケティング会社で働いていた福永英二は、人の欲を焚きつけ、対処療法的な商品をマーケティングの力で世に出すことに後ろめたさを感じていた。そこに町塾「旬学舎」塾長の話が来る。人生の選択肢を広げる「知識」と「思考力」を扱う教育という仕事であれば誠実に向き合えると考え、リスクを取って起業を決意した。
下北沢が経営不振に陥らせるために行ったアドバイスを愚直に実行し、生徒たちからは少しずつ認められるようになっていった。
~~~~~
就任後、福永はすぐに下北沢からもらったアドバイスを愚直に実行した。
オヤジギャグを言い、教科書の説明不足を補い、遅刻者にはビジネスライクに説教をした。徐々に生徒からの信頼(?)も得始めており、少しずつ教室にも福永のカラーが出てきた。
今日も今日とて、中3の集団授業中たるんだ態度の生徒を見つけて大学生講師の授業に口をはさんだ。授業時間を目いっぱい使って雑談したって、それで生徒のやる気が上がればいいと下北沢鉄夫は言っていたっけ。それに時には説教も必要だと言っていた。
「いいかい、君たち。受験勉強が辛くてもう嫌だと思ったらな、勉強なんかやめちまっていいんだぞ」
塾の先生が何を言うの? という顔を向ける中3たち。
「勉強っていうのは本来は贅沢品なんだ。世の中には勉強したくてもできない人たちがたくさんいる。貧しい国や紛争地域の子どもたちは働かなくてはいけないから、勉強したくてもできないんだ。普通に学校に行けて、塾にまで通わせてもらえている君たちは幸せ者だ。そんな環境にいながら「勉強が辛い」だの「こんなの勉強して何になるんだ」だの、文句を言うなら高校行かずに働いたっていいんだぞ」
10人いる中学3年生が勉強の手を止めて福永を凝視している。
「サトル君」
福永は一人の生徒を呼びつける。
「はい」
「太陽暦を使っていた古代文明は?」
「えっと・・・、エジプト文明?」
「その通り、よく覚えてた。さて、この太陽暦だが、今では我々は普通に使っているね」
生徒たちが頷く。
「「エジプトはナイルの賜物」と言われていたのは教わったと思う。ナイル川が定期的に氾濫を起こして、栄養分を含んだ土を運んでくれるからだ。あるとき支配者は考えた。このナイル川の氾濫を予測できないものかと。そうすれば生産性が上がると考えたんだ。そして観察を繰り返すうちに、日本でおおいぬ座といわれている星座の一等星シリウスが日の出直前に昇るタイミングで洪水の時期を察知したんだ。その周期が約365日で、ここから太陽暦が始まる。そして支配者たちはその暦を使って民衆を働かせた。つまり知識というものは、本来は権力者が民衆を支配するためのものだったんだ。一般市民に知識なんか与えなかったんだな。「何も知らないお前らは俺たちの言う通り働いていればいいんだ」ということだ。つまり、知識というのはもともと限られた人間にしか与えられないものだったんだ」
歴史に正解はない。諸説と解釈があるのみである。だが、哀れなる純真な少年少女たちは福永の演説に素直に耳を傾けている。
「太陽っていえばもう一つ。国語で「杞憂」っていう故事成語習っただろ? マナカさん、どういう意味か覚えてる?」
塾一の優等生の少女が立ち上がって答える。
「中国古代の杞の国の人が夕陽を見て、「太陽が落ちてくる~!」って心配したところから、「起こらないことが起こると心配すること」っていう意味です」
「さすが、よく覚えてるね。でもさ、万有引力に気づいたニュートンが夕陽を見たらどう思ったかな? 「ああ、きれいな夕陽だなあ」で終わりでしょ? つまりね、モノの本質を見抜く知識があれば心穏やかに暮らせるってわけよ」
福永はコーヒーで喉を湿らせてから続ける。ちなみに授業中は飲食禁止である。
「キリスト教の聖書だって長い間ラテン語でしか読めなかったんだ。つまり勉強した人間、勉強できる豊かな身分の人たちしか読めなかったってこと。ローマ・カトリック教会は「贖宥状」を買えば自分や先祖のすべての罪が赦されると教え、民衆から金を集めた。その金で立派な教会を建てていたわけだ。民衆は教会が言うなら信じるしかないよな。しかし、「金で罪が償えるなんて聖書に書いていないぞ」と言い出したルターっていう人がいた。それで民衆が聖書を読めるようにラテン語聖書を翻訳したんだ。そしたら確かに聖書に「金で罪が贖える」なんてことは書かれていないことが分かった。正しい知識を得ることで民衆は権力者の支配から自由になれたわけさ」
歴史に正解はない、ただ諸説と解釈があるのみである。この注釈を入れないのが福永の悪い癖だった。
「いいかい、もともと知識ってものは一部の権力者やエリートにしか伝わらないものだったんだ。知識がない奴は、知識がある奴にいいように使われていたんだ。それが現代では、少なくとも日本では、義務教育っていう形で教わることができている。本当に贅沢なことなんだよ。まあ、勉強が面倒だと感じるのは仕方ない。でも嫌だったら、義務教育は中学までだから卒業したら働けばいいわけよ。しっかり勉強して世の中の仕組みを作っている連中に、一生搾取され続けるけどね」
もちろん、生徒たちも別にそこまで勉強が嫌いなわけじゃないと思うが。ただ受験勉強の大変さに少し疲れた表情を見せただけだと思うが・・・。
「そういえば、義務教育の「義務」って、君たちが教育を受ける義務があるってことじゃないのは大丈夫かな? あれは保護者が教育を受けさせる「義務」があるということであって・・・」
話は次から次へと進み、授業時間を圧迫していった。
まあ、雑談で授業つぶれてもいいって下北沢さんは言ってたしな、と思いつつ福永は話を続けた。
帰り際に、「塾長のああいう話おもしれえんだよな」「ちゃんと勉強の内容で説教してくれるからいいよな」と言い合っている声を聞いて福永は安心した。
しかし子どものモチベーションを保つのは難しい。中には勉強が嫌で嫌でたまらない生徒も出てくる。
「こんなの勉強して将来何の役に立つんだよ」
というのが彼らの常套句だ。こういう話に福永はいちいち付き合わない。たいていは勉強が面倒くさくて逃げたいだけの発言で、大して本気で勉強の意味を知りたいと思っているわけではないからだ。それでも何か話を求められると福永は仕方なくビジネスマン時代の話を持ち出す。もちろん押し付けるようなことは言わず、
「実際には社会に出てみないと分からないことかもしれないけどさ、一つの考えとして聞いてくれや」
と前置きをしてから話し始める。
<続く>
次回は10月10日更新予定です!


コメント