【小説・サクラサクまで20】裕香の進路選択➀ しっかり者の同級生

小説・サクラサクまで

京王井の頭線富士見ヶ丘から徒歩2分に、「旬学舎」という名の一風変わった学習塾があった。

まず塾長(塾の長=社長)が現役の通信制大学2年生の吉祥寺 妙恵(きちじょうじ たえ)二十歳である。当然学業が忙しいので教室運営を任される「雇われ教室長」は別に居り、それが福永 英二(ふくなが えいじ)40歳であった。

何より特徴的なのは毎週土曜日に開催される「特別授業」だろう。

土曜日の14:00から開始されるそれは、多くの塾がやっているようなテストや補講といったいわゆる「お勉強」ではない。通塾生のほとんどが集まり「クイズ大会」を行う。

通塾中の小学3年生から高校3年生までをバランスよく組み込んだチーム対抗で知識や思考力を競い合う。

例えば語彙力クイズ。「漢字一字で「けい」と読む漢字を一番多く出したチームに10点!」というようなお題を出す。制限時間にどれくらい思いつくかをチームで競うのだ。「始め!」の掛け声とともにチームで回答を出し合う。

「計算の「」は?」

「尊敬の「」も漢字一字で「けい」って読むね」

「君、ケイコさんだっけ。どういう字?」

「景色の「」です」

「よっしゃ、じゃあ人の名前で探してみようか」

太、子、二・・・」

「よし、どんどん書くぞ!」

こんな具合に制限時間内で盛り上がっていく。当然学年が上がるにつれ知っている漢字も増えるわけだから、高学年の人間が活躍する場面が増える。普段ボ~ッとしているような生徒でも、後輩から頼られ、尊敬されると嬉しいようで、いつも以上に生き生きしている。それを見て低学年の生徒たちも刺激を受け、自分たちも勉強しようという気が湧いてくる。知らず知らずのうちに子ども同士で教え合う環境ができていくのだった。知識は人に話せば話すほど自分も定着していく。テストでも役立つ知識をクイズという形で確認、アウトプットするこの時間は、子どもたちにとっても身構えずに自然と勉強できる楽しい時間のようだった。優勝チームにはお菓子の景品があり、受験を控えた中3生や高3生にとってもいい息抜きになっているようだった。

夕方から夜にかけては主に吉祥寺妙恵塾長による「学校で教わったことをより深めて考えよう」という課外授業だ。保護者も参加可能にしてある。講演後には保護者が持ち寄った手作りのお菓子やお茶で懇談会を行うこともあった。

妙恵の「今週は学校でどんなことを教わったの?」の問いに一番に答えた分野から、微生物や宇宙、哲学や宗教にまで、若干二十歳の少女が話を広げていく。

先日は中学3年生の天体を皮切りに、宇宙の成り立ち(諸説あるが)から物質の化学変化、生物の歴史、果ては人間の生き方にまで話が及び、生徒や保護者それぞれが、悠久の宇宙の歴史の中で一瞬の命の輝きの中で生き、親子や友人として巡り合えたことに心が温かくなる思いをしながら帰路についていった。

授業の様子はこちら

塾の方針としてはどちらかというと土曜日の「課外授業」に重きを置いている。勉強を通した人との関わり方、学んだことを単なる知識として覚えておくのではなく自分たちの生きる知恵として取り組む学習、そんなものを一番に子どもたちに伝えたいというのが吉祥寺妙恵の想いであり、福永英二もそれに共感したから教室長を引き受けている。

しかし、映像授業と課外授業では単価が安いため、塾の運営はカツカツのようであった。それが証拠に教室長の福永は平日の朝9時から夕方4時まで近くのスーパーマーケットの青果コーナーでアルバイトをしていた。何なら木曜日は夜にもバイトをしているらしい。

 

さて、そんな風変わりな塾に、高校1年生の高井戸 裕香(たかいど ゆうか)は中3の3月から通っていた。テニス部ガチ勢だった裕香だが、同じくサッカー部ガチ勢だった兄が引退試合終了後から勉強を始めて苦労していた姿を見ていたので、春先から塾を探していた。2番目の子どもは上の子を見て学習するというが、裕香もその一人だったようだ。

高校に入った今も活動日週6日(土日は自主練か試合)のテニス部に熱心に取り組んでいる。今年の9月から顧問から1年生のリーダーに任命されていた。明るく前向き、努力家、人から頼られることも多く部員のほとんどが裕香のリーダー就任に賛成だった。

学習面では日々の予習復習、テスト前の勉強も欠かさず成績は常に学年10番程度で、典型的な優等生タイプ。

派手さはないが整った顔立ちで男子生徒にも人気がある、傍から見れば理想的な高校生活を送っているように見えた。実際、裕香自身も今の自分の境遇に大した不満はない。強いて言えば彼氏がいないことぐらいか・・・。

そして、そこまで深刻な悩みがないからゆえであろうか、先週突き付けられた現実を前にして机に突っ伏し、「うげえ~!」と全くかわいくない声を上げていた。そんな裕香を見て、クラスメイトの東松原 一絵(ひがしまつばら かずえ)は思わず吹き出した。

「ちょっと、「ゆうかりん」なんちゅう声出してるの」

「だってさ、「カズちゃん」」

二人はそう呼び合えるほど仲良しだった。「将来のことなんて分からないよ~」

そう言いながら裕香は一絵に抱き着いた。

11月一週目の木曜日、珍しく自主トレもないテニス部のオフ日。放課後、二人しかいない教室で裕香は来週が提出に迫った「進路希望調査」を前にして頭を抱えていたのだ。

来年2年生の希望履修科目を選ぶのはまだいい。あらゆる可能性を残しておくため国公立受験が可能な科目、理系でも文系でも可能な科目を選択した。問題は担任が追記したアンケート、「希望大学」「希望学部・学科」「将来の希望」欄が埋まらず悶絶していたのだ。

「器用貧乏ってやつかな? ゆうかりんみたいに何でもできるとかえって将来何やりたいかが分からないんじゃない?」

一絵は落ち着いたアルトの声で言いながら微笑んだ。

「そうなんだよ~、よく分かってくれるね、カズちゃんは~。勉強と部活、目の前のことを一生懸命やっているだけだからさ。それって先生や先輩から言われたことを素直にやればできる事じゃん。逆にいうと自分から「こうしたい」っていうのがないんだよね。特に学びたいことも、無いっちゃ無いし。まして将来なんて分からないよ~」

人から頼られることが多く、しっかりした印象を与える裕香も、一絵を前にするとつい甘えてしまう。

一絵は高校生らしい幼さを残しつつ、所作が洗練されており大人びた印象を与える。背も高く、明瞭な発声も好印象を与える。それもそのはず、演劇部でメインキャストを務める舞台人なのだ。常に人から見られているという意識を忘れず、優雅なふるまいを心掛けているようだった。かといってその姿に無理はなく、自然体であるにも関わらず貴婦人のような雰囲気を醸し出す一絵の前に立つと、裕香は自分が小さな子どもになったように弱音を吐くことができた。

「目の前のことを一生懸命やるっていうのがゆうかりんの偉いところなんだけどね」

「主体性がないとも言うんだろうね~」

「これからいろいろ調べたらいいじゃないの。まだ大学のことは先だし」

「そうなんだけどさ~。カズちゃんは、決めてるの、将来のこと?」

「うん、まあね」

「やっぱり、女優目指すの?」

「そうよ」

一絵は迷いなく答えた。その潔さが裕香には羨ましかった。そして、説得力がある。一絵なら女優になれる気がする。根拠はないけど、美人で、背が高くて、頭もいいし、度胸もありそうだ。普通はそんな夢、堂々と人に言えない。それをちゃんと言葉に出すのは相当な自信がある証拠だと、一絵と話すたびに裕香は感心させられる。

「女優って、どうやったらなれるの?」

「いろいろななり方があるでしょ。私は大学を卒業したら劇団に入る予定」

「え、大学行くの?」

「おかしい?」

「おかしくはないけど、若いうちに勝負しないんだ」

「うん。しっかり色々なことを頭に詰め込んで、経験もして、そこからでも遅くないと思っているよ」

「じゃ、大学は芸術学部とか? それとも文学部?」

「ううん。私は薬学部に行くつもり」

「え、や、薬学、部・・・?」

芸能界とあまりにも遠い世界にあるように感じる学部名が出てきて裕香は驚いた。「なんで・・・?」と思わず聞いていた。

夢を夢で終わらせないために、まずはしっかり地に足を付けて、自分の将来考えてみたの

胸に両手を組んで押し当て、うつむきがちに、自分に言い聞かせるように一言ひとこと噛みしめるように一絵は言った。

日の入りが早くなった教室はオレンジ色に輝いている。

 

<続く>

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