【教養としての宗教学②】ユダヤ教、キリスト教、イスラームの共通点と聖典について

教養としての宗教学

まずは現在に大きな影響を与えている中東で生まれた3大宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラームについて考えてまいりましょう。

それぞれ主張が異なり、何度も宗教戦争をしている宗教ですが、共通点もいくつかあります。

代表的な共通点は3つ。

①創造主の存在を信じている

②死後、あの世で永遠の天国か永遠の地獄があることを信じている

③天国へ行くか地獄へ行くかは死後神の裁きによる

無から有を生み出した絶対的な存在があることを、3つの宗教は認めています。

それは聖典としている書物が異なりながらも微妙に根本を共有しているからです。

聖典の違いについてみていくために、3つの宗教を時系列で確認しておきます。

 

まずはユダヤ教から始まりました。

その後、ユダヤ教の教え(解釈)に対するアンチもしくは補足という主張をしたのがイエスでした。

イエスの死後、イエスの教えを中心に広まったのがキリスト教です。

それから約600年後に、ユダヤ、キリストの教えを認めながらもムハンマドを最後の預言者としたイスラームが誕生します。

すなわち、キリスト教、イスラームは世界宗教ですが、その二つの宗教の母胎となった非常に重要な宗教がユダヤ教です。

もともとはユダヤ人の民族宗教であり、唯一神ヤハウェとユダヤ人の契約によって成り立っている宗教です。

大昔にアブラハムという人の前に神様が現れ、「あなたとあなたの子孫に永遠の祝福を授けます」と約束されました。(アブラハム契約。創世記12章1節)

ただし、ヤハウェ以外の神様を信じてはいけない、偶像崇拝をしてはいけない、安息日を守りなさい、と、いろいろと契約がありました。

それらを守れば、ユダヤ人に永遠の祝福が訪れるという教えですが反対に神との契約を破ると恐ろしい災いが降り注ぎます。

その契約の内容や人間がそれを破った時に起こる災いが描かれているのがユダヤ教の聖典「旧約聖書」です。

ただし、ユダヤ人は「旧約聖書」という言い方はしません。

タナハ(Tanakh)といい、トーラー(律法)ネビーム(預言者)ケトビーム(諸書)と分けられています。

トーラーにあたるものがいわゆるモーセ5書といわれる「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」

ネビームにあたるものが「ヨシュア記」や「イザヤ書」「エレミヤ書」「エゼキエル書」など19巻(ⅠⅡ巻あるものがあるので21書)、

ケトビームにあたるものが「詩編」「ルツ記」「歴代誌」など11巻(ⅠⅡ巻あるものがあるので13書)

(したがって旧約聖書は5+21+13=39書から成ります。)

つまりユダヤ教徒からすればキリスト教のいう「旧約」「新約」聖書という分け方は認めていません。

「約」というのは神様との契約のことです。

イエスが登場する前までのタナハを「旧い」契約として、キリスト教徒は「旧約聖書」と呼んでイエス登場後の教えと区別しました。

ただし、イエスは決して旧約聖書の内容を否定したわけではありません。

したがってキリスト教の聖典は旧約聖書と新約聖書です。

余談ですが、口伝律法のミシュナー、ゲマラー、それらをまとめたタルムードを聖典としているユダヤ教の宗派もあります。

 

イスラームの聖典として有名なのが「コーラン」です。

開祖ムハンマドが天使ガブリエルを通して受けたアッラーの啓示をまとめたものです。

イスラームという言葉はアラビア語で「すべてを神に委ねる」という意味があります。

一言で言えば、アブラハム契約への回帰です。

旧約聖書に出てくる神様とアブラハムの契約、すなわち神への絶対的信頼を取り戻そうという動きです。

イスラームの方から見ると、ユダヤ教の人たちは神との契約を度々破ったり、キリスト教は預言者イエスを神格化して信仰の対象としたりと、聖書や預言者を与えられていながら神の教えを正しく広めていないじゃないかという想いがあるわけです。

逆に言えばイスラームは旧約聖書や新約聖書なども重要な聖典として認めていますしモーセやイエスのことも「偉大な予言者」として認めています。

3つの宗教に共通点があるのはそういった背景があるからだと考えられます。

では次回から、ユダヤ教についてご一緒に考えてまいりましょう。

 

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【教養としての宗教学2】ユダヤ教、キリスト教、イスラームの共通点

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