【教養としての宗教学⑦】ユダヤ教、キリスト教、イエスの教えを整理

教養としての宗教学

ユダヤ教からイエスの教え、キリスト教へ、とみてきました。少し整理しておきましょう。

どれも唯一神ヤハウェを信仰する一神教です。

ユダヤ教は神との契約を重視し、救いを得るには律法を守ることが大切だと考えます。ユダヤ人たちは神との契約を破ったためにバビロン捕囚となり、国を無くしました。やがてユダヤ人に「神の国」を与えてくれるメシアが現れるというメシア待望論を持っています。神の国というのは物理的な国で、ユダヤ人の苦難が救われると考えています。

それに対してキリスト教は、旧約聖書が予言したメシアが現れた、それがイエスであると主張します。「イエスは十字架上で全人類の罪を背負って死んで復活した」

そのことを信じることで人々は救われると教えています。

イエスの出現によって神と人類との間に新しい契約が結ばれた、ということで、キリスト教の聖典は新約聖書と呼ばれ、それまでのタナハを「旧い契約」として旧約聖書と呼んで区別しました。救世主イエスを殺害したユダヤ教徒は許せない存在であり、ユダヤ人への差別意識は延々と続いてきました。20世紀のヒトラーが取り沙汰されますが、ユダヤ人排斥を訴えていたのは彼一人ではありません。

しかしユダヤ教という母体があってイエスの教えがあり、キリスト教が誕生したという流れは無視できません。

 

そこでイエス自身は何を語ったかということを考える必要があります。よく言われる質問ですが、「イエスはキリスト教徒だったのか?」という疑問があります。イエスはタナハの教えを批判したわけではなく、新しい解釈を説きました。ユダヤ教イエス派といってもいいかもしれません。イエスは生まれてから死ぬまでユダヤの世界で生きた人物だったのです。

そしてその教えは、救いの道は神への信仰と隣人愛の実践であるということを伝えており、極めて論理的であり哲学的なのです。

ユダヤ教とキリスト教には明確な違いがありますが、イエスの教えとキリスト教でも違いがあると感じるのは私が日本人だからでしょうか・・・。

 

 

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【教養としての宗教学13】ユダヤ教、キリスト教、イエスの教えを整理

 

〇日本にキリスト教が広まらなかった理由の考察

そう考えると、日本でのキリスト教の広まりが約1%にとどまっている(文科省の宗教統計調査(H29))のもうなずけるような気がします。

日本にはもともと混合宗教(シンクレティズム)の考え方があります。シンクレティズムとは、簡単にいうと様々な宗教の「いいとこ取り」をするという考え方です。宗教に対してこだわりがなく、いいもの、いい部分を受け入れてしまおうという、ある意味おおらかな国民性の現れだと思います。初詣で神社、お葬式で仏式、結婚式は教会、などが分かりやすいですね。

そのシンクレティズムの考え方が、「イエスを神と認めなさい」、とするキリスト教の教えを受け付けられなかったのではないでしょうか。キリスト教からすれば、イエスはあくまでも神の子であり、そのことを認めないと救われないという考えです。聖書は決して、イエスを哲学者や道徳の教師とは認めさせない記載をしています。

 

「イエスは言われた。『私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。』」(ヨハネによる福音書14章6節)

 

つまりイエスは自分自身のことを神の子であり自分があの世で神様にとりなしをしない限りあなたは天国へ行けませんよ、と言っているのです。

周りにこのような発言をしている人がいたらみなさんどう思うでしょうか?

ちょっとおかしいんじゃない?と思いますよね。

つまり聖書を正しく読むならば、イエスに関しては2つの解釈しかありえません。

 

1つはイエスは本当に神の子、救世主である。

もう一つは、イエスは精神異常者、誇大妄想家である。

イエスの道徳的な発言や隣人愛の考え方は好き、

でも最後の審判で「あなたは天国、あなたは地獄」などと振り分けているイエスがどうも同一人物に感じられない・・・、

キリスト教の行う慈善事業は好き、

でもキリスト教布教のために流された血の歴史は怖い・・・、

立派な教会や司祭の階級制度は「神への愛」と「隣人愛」という教えに矛盾しないのか・・・、

などなど、多くの日本人はキリスト教の教えと、理想とするイエス像との間に矛盾を感じてしまうのではないでしょうか。

そして、イエスの語った愛ある言葉だけを人生訓にしたい、といっても、それはキリスト教にとっては許されないわけです。

イエスを神と認めるのか、認めないのか

そのように白黒はっきり付けようとするところは、日本人には合わなかったのかもしれません。

【教養としての宗教学14】キリスト教が日本に広まらなかった理由の考察

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