【教養としての宗教学11】ウパニシャッド哲学

教養としての宗教学

前回はインドのカースト制度まで触れました。カースト制度の歴史は古く、アーリア人侵攻の過程で形成されていったといわれています。

「ヴァルナ」という基本種姓に分けられ、それがすなわち、

バラモン・・・司祭階級

クシャトリア・・・武士、貴族

ヴァイシャ・・・庶民

シュードラ・・・奴隷(アーリア人に征服された先住民族)

です。

さらに職業集団である「ジャーティ」に分かれて人々が規制されました。「カースト」という言葉はポルトガル語で、「カスト(血統)」という意味合いがあります。

〇特権を主張し始めたバラモンたち

時が経つにつれ、財力を身に付けたクシャトリアやヴァイシャたちが発言力を増してきました。そこで紀元前8世紀頃、バラモンが自らの特権的地位を維持しようと考え始めます。

「ヴェーダ」の中の「ウパニシャッド」を理解し、苦しみ(=輪廻<生命が永遠に繰り返されること>)から逃れることができるのはバラモンだけ、ということを主張し始めます。

〇輪廻とは

ここでいう輪廻とは、生まれたり死んだりすることを指します。そのことを繰り返すこと自体が苦しみであると説きます。その輪廻を断ち切り、もう生まれ変わりをしなくなることを「解脱(げだつ)」といい、人間はここを目指しているのだと主張します。

ではどうすれば解脱できるのか? それは、「ヴェーダ」にある「ウパニシャッド」の内容を理解しているバラモンだけに可能なことだ、ということです。

 

〇ウパニシャッド哲学

ではそのウパニシャッドとはどのような内容なのでしょうか。

簡単に言うと、善い行いをすれば現世あるいは来世においてよい果報があり、悪いことをすれば悪い果報がある、ということです。「行い」のことを「業(カルマ)」といいます。業によって、生死が繰り返されることを輪廻と呼びました。

つまり、自分がバラモンとして生まれたのは過去世に善い行いをしたからであり、奴隷のシュードラとして生まれたお前は過去世に悪い行いをしたのだ、という、ある意味選民思想です。

だからバラモンたちはシュードラを人間扱いしませんでした。

ところで、実はこのシュードラのさらに下に「不可触民」があります。まさに人間扱いされない人たちですが、この解放に立ち上がったのが「アンベードカル」という人です。インドの真の英雄はガンジーより彼なのかもしれませんが、それはまた機会があれば。

閑話休題。

 

〇解脱の方法

さて、解脱をするためには、宇宙の根本原理であり現象世界の根源であるブラフマン(梵(ぼん))と、内なる真実の自己であるアートマン(我(が))が同一であるという梵我一如(ぼんがいちにょ)の状態になることが必要だとされています。

ブラフマンとは、簡単に言うと自分の外側にある世界すべて。アートマンとは自分自身の本質。

自分の外側の世界と自分自身は本質的には同じなのだということを理解すれば解脱できるという考えです。

では具体的にはどうすればよいのでしょう?

バラモンたちは苦行をすることを唱えました。肉体を限界まで追い詰めることで梵我一如を達成できるのだと。もしくは、崇高なブラフマンは言葉では言い表せないのだ(バラモンにしか分からないのだ)、ということも伝えていました。

これには秘密があります。

解脱のための修業があまりにも簡単であれば、バラモンの特権が失われてしまいます。だから常人ではとうていできないような苦行を提唱することで、自分たちの地位を高めようとしたことがうかがえます。(もちろん、解脱とは何か、どうすればよいのかを本当に理解していたバラモンもいたと思いますが)

そんなバラモンの教えに疑問を持つ存在が現れるのは時間の問題でした。

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