【教養としての宗教学18】釈迦の伝道

教養としての宗教学

〇初転法輪

悟りを開いた釈迦ですが、初めはそれを伝道する気はなかったようです。自分の思ったこと、考えたことを口に出して人々に伝わっていくといろいろな解釈が混じり、ゆがんで伝えられると考えたからです。

しかし修業を共にした五比丘たちの要請もあり、ついに釈迦は自分の悟りを伝え始めます。

前回のおさらいになりますが、まずは釈迦の悟りを確認しておきましょう。

1、一切皆苦・・・すべては苦しみであると知る。

2、諸行無常・・・すべてのものは絶えず移り変わる。

3、諸法無我・・・すべてのものは「縁起」によって起こる、故に絶対的なものは存在しない。

4、涅槃寂静・・・それらを理解すればこだわりがなくなり、心の平安を得られる。

これらを釈迦は人々に伝え始めます。

初めの説教ということで教科書的には「初転法輪」と呼んでいます。

釈迦が語ったことは主に以下の点です。

1、四諦(したい)

2、八正道

3、慈悲

 

〇四諦(したい)

1、苦諦(くたい)

2、集諦(じったい)

3、滅諦(めったい)

4、道諦(どうたい)

「諦め」という文字が入っていますがそういう意味ではありません。

1、苦諦(くたい)

人生は苦しみに満ちているということを理解することです。

生、老、病、死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦。

すなわち自分の力ではどうしようもないことで人生は満ち溢れている。

その中で何でもかんでも思い通りにしようとすると苦しくなりますよ、ということです。

 

2、集諦(じったい)

苦を引き起こす原因は「無明(無知)」であり、欲望、執着といった心の煩悩の集まりである。

すべては「縁起」である以上、自分の思い通りにならないことはたくさんあります。そのことを知らずに、地位や名声や恋人やお金を求め続けるから、うまくいかなくなるのです。

 

3、滅諦(めったい)

煩悩を完全に滅することで、苦から解放される。

欲望は人間が生きていくうえで欠かせないものです。欲がなくなったということは死を意味するでしょう。しかし、すべては「縁起」であることを自覚すれば、正しい欲望の持ち方を考えることができます。

 

4、道諦(どうたい)

涅槃寂静に至るためには八正道の正しい修行法に集中すべきである。

この後煩悩を滅するための修行法が説明されます。

 

その前に、煩悩とはどのようなものなのでしょうか。

〇三毒

よく大晦日の除夜の鐘で人間の煩悩の数である108つ鐘を突きますが、仏教において代表的なものは「三毒」といわれるものです。

貪(とん)・・・むさぼりの心

瞋(じん)・・・怒り

癡(ち)・・・真理を知らない愚かさ

貪欲(とんよく)、瞋恚(しんに)、愚癡(ぐち)などという言い方もします。

極端に何かを追い求めるむさぼりの心は、時に他人を出し抜こうと誰かを傷つけたり、犯罪に手を染めてしったりする可能性にもつながります。また知らず知らずのうちに自分の心身も追い込んでしまっているでしょう。

 

怒りは冷静な判断を失わせ、自他を傷つける原因にもなります。また怒りの感情は人に伝染しやすいので、周りの雰囲気を悪くしてしまうという意味で毒です。

 

四諦のようなことを悟らず、自分の力で何でもできると思ったり、他人を変えられると思ったり、いつまでも学習しないことを愚癡と呼んでいます。

ビジネスの言葉に置き換えるなら、検証や改善といった行為がないことでしょうか。

これら三毒をはじめとした煩悩を滅する方法として、釈迦は八正道を伝えました。

八正道については次回見ていきましょう。

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