前回、地に足の着いた社会貢献をするためには「自立していること」が大切だという話をしました。
私は「自立」には2種類あると考えています。
1、経済的な自立。
2、精神的な自立。
1、経済的な自立とは、
仕事を持つということ。
そのために必要な知識や教養や考え方は、ある程度10代から20代前半までの学校や大学での学習が大いに役立つと思います。
もう一つは精神的な自立。
死生観、真理を見つめるということです。
人生における変えようのない真実、「人は必ず死ぬ」、「人生は一度きりしかない」、「いつ死ぬか分からない」ということを知ること。「自分の力で変えられるものと変えられないものがある」、「自分と他人は別々の人格であり、話し合っても分からないことがある(だから「折り合い」が大事)」。
これらのことに冷厳に目を向ければ、悔いのない人生を歩みたいと思いますし、人間関係や夢などに対して適切な努力で道を切り開きたいと考えるでしょう。
自分の人生の時間の使い方を真剣に考えるようになると思います。
そうすれば、独りよがりの考えや依存、馴れ合いだけの人間関係、世間体、そういったものがどうでもよくなります。
様々なしがらみにとらわれなければ精神的に安定してくると思います。
そしてそのような成長を得るためには、もちろん人間社会での切磋琢磨は必要ですが、様々な書物から他人の知恵を学ぶこともできます。
本を読むことによって自分の思っていることを整理出来たり言語化することができたりするようにもなります。
他者の知恵を借りるためには様々なことを学び続ける必要があります。
時には数学的な考え方や難解な哲学書を読む必要もあるでしょう。
その学びのための基礎学力が、実は若い頃の学ぶ姿勢によって培われるのではないか、そう思います。
したがって、学生諸君が今やっている何気ない計算問題や暗記すべてが、自分の将来を切り拓く武器につながっていると信じます。
これは大人になった今だから分かることですが。
もちろん、そうはいっても勉強中の人々にとっては毎日が辛いというのも分かります。
学問というのは自分を豊かにしてくれるものだということは理屈では理解しても、辛い。
それはマクロ的な目線に立てば、入試制度や学校教育に問題があるのではないかという議論も出てくると思います。
すべてそれで片づけられないとは思いますが、そういうテーマで考えてみるのも面白いかもしれません。
ただ、今日はそのテーマではないのでここまでにしておきます。
受験勉強にしろ、資格試験の勉強にしろ、少なくとも同じような勉強をしてきた人たちが今活躍されている以上、今やっていることに意味はある、しかしどう役に立つかは学生時代の「今はまだ分からない」。
「今はまだ分からない」ことに関しては、「素直に受け取る」ことをお勧めします。
フッサールという実存主義の哲学者が「エポケー=判断の保留」という言葉で教えてくれています。
未知のことは「そういうものなんだ」とまず「素直に」受け取る。
意味はだんだん分かってくる、ということです。
今やっている、一見無駄に見える苦しいこと、辛いことが、後から振り返れば、あれがあったからこそ、自分は成長で来ていたのだと気づくことは、大人になるとよく分かります。
むしろそんなものばかりではなかったのではないでしょうか。
故スティーブ・ジョブズの言葉です。
「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。」


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