【小説・サクラサクまで19】土曜日の旬学舎

小説・サクラサクまで

旬学舎は毎週土曜日に特別授業を行っている。といっても多くの塾がやっているようなテストや補講といったいわゆる「お勉強」とは限らない。午後は通塾生のほとんどが集まりクイズ大会を行い、夕方から夜にかけては保護者参加可能の講演イベントを行っている。

午後のクイズ大会は通塾中の小学3年生から高校3年生までをバランスよく組み込んだチーム対抗で知識や思考力を競い合う。

例えば語彙力クイズ。「漢字一字で「こう」と読む漢字を一番多く出したチームに10点!」というようなお題が出される。制限時間にどれくらい思いつくかをチームで競うのだ。「始め!」の掛け声とともにチームで回答を出し合う。

「学校の「」は?」

「高校の「」も漢字一字で「こう」って読むね」

「君、コウタロウくんだっけ。どういう字?」

「幸せの「」です」

「よっしゃ、じゃあ人の名前で探してみようか」

太、太、太・・・」

「よし、どんどん書くぞ!」

こんな具合に制限時間内で盛り上がっていく。当然学年が上がるにつれ知っている漢字も増えるわけだから高学年の人間が活躍する場面が増える。普段ボ~といているような生徒でも、後輩から頼られ、尊敬されると嬉しいようで、いつも以上に生き生きしている。それを見て低学年の生徒たちも刺激を受け、自分たちも勉強しようという気が湧いてくる。

例えば社会クイズ。「レタスの収穫量が多いベスト3を考えよ」。

ここでも高学年の生徒が低学年の生徒に教えながら回答を作っていく。

「レタスは夏に涼しい高原でよく栽培されて他の県の出荷が少ない時期に出荷しているんだ。夏に涼しいのってどの辺だろ?」

「う~んとね、北海道」

「北海道は涼しいかもね。でも高原の方が育ちやすい。だから1位は長野かな。2位は・・・、お前どう思う?」

と、不安なところは同学年やさらに高学年の先輩に意見を聞く。こうして知らず知らずのうちに子ども同士で教え合う環境ができていくのだった。知識は人に話せば話すほど自分も定着していく。テストでも役立つ知識をクイズという形で確認、アウトプットするこの時間は、子どもたちにとっても身構えずに自然と勉強できる楽しい時間のようだった。

優勝チームにはお菓子の景品があり、受験を控えた中3生や高3生にとってもいい息抜きになっているようだった。

 

夕方から夜にかけては主に吉祥寺妙恵塾長による「学校で教わったことでお話ししよう」という課外授業だ。保護者も参加可能にしてある。講演後には保護者が持ち寄った手作りのお菓子やお茶で懇談会を行うこともあった。

例えば中学1年生で習う光や凸レンズをテーマに、照明の歴史や、ガラスの歴史や化学物質の話など、高校内容や雑学のレベルにも触れていく

「1712年ごろ、マッコウクジラの脳みそに良質な脂がぎっしり詰まっていることを発見した人がいたのね。それでロウソクを作ったら、今まで獣の油で作っていたロウソクよりも強く白い光を放ったんですって。しかも獣の油では嫌な臭いと煙がひどかったんだけど、マッコウクジラの脳油では臭いも煙もなかったんですって。そこから富裕層なんかにクジラの油で作られたロウソクが売れるようになって、クジラの乱獲が始まったと言われているわ。100年の間に約30万頭のマッコウクジラが殺されたんですって。石油ランプとかガス灯の発明が無かったらマッコウクジラは絶滅していたかもね」

「ガラスを作るにはケイ砂っていうケイ素の酸化物が必要なの。ケイ砂の成分である二酸化ケイ素は、水と同じように個体の状態で結晶を作り、熱せられて解けると液体になる。だけど二酸化ケイ素の融点は水よりだいぶ高くて、1000℃以上が必要なの。しかも冷めると元の結晶に戻ることができないの。水は温度が下がれば同じ氷っていう物質になるでしょ? そこが違うところ。で、二酸化ケイ素はっていうと、冷めると個体とも液体ともいえない中間物質になる。これがガラス。古代メソポタミアがガラスの起源だと言われているわ。もしもこのガラスが存在しなかったら、家には窓がなくて、お父さんが家で飲むワイングラスもない(そんなおしゃれなものうちのオヤジは飲まないよ、というツッコミが入る)。望遠鏡が発明されることもなかったから宇宙の謎も分からないまま。顕微鏡も作られないから微生物や病原菌のことが分からないからいまだに人類は感染症に苦しんでいたかもしれない

学校の先生が雑談で言いそうなことをひたすら講義していく。学校で教わったことをただ復習するのではなく、歴史や生活に当てはめて有意義な情報として子どもたちに伝えるのだ。

「今週は学校でどんなことを教わったの?」から始まる問いの答えから微生物や宇宙、哲学や宗教にまで話を広げていく若干二十歳の少女が塾長をやっているということで、この時間の旬学舎はいつも満席だった。

 

今日は中学3年生が理科の授業で新しく天体分野に入ったことを受けて妙恵は話し始めた。

「まず、都立入試は結構天体分野が好きで、毎年のように出題されているからしっかり理解しておいてね。じゃあ、今日は宇宙の歴史を話していこうか。もちろん諸説ありだし、キリスト教の人からすると世界は7日で作られたということなんだろうけど、あくまでも最新の科学でいわれていることで説明するね」

ここから妙恵は保護者にも顔を向け話始める。

「宇宙がいつごろ出来たのか、もちろん正確に解き明かされているわけではないですが、2013年の欧州宇宙機関(ESA)の発表によれば、138億年前に宇宙が誕生したのではないかと言われています。

ではその前には何があったのか?

何もなかったと言われている。

物理学の言葉で「真空」があったと言われているんですね。

何もない真空を想像するだけでも難しいんですが、その真空が、あるときフッと揺らいだというんですね。そして一気に膨張を始める、これがインフレーション宇宙。次に大爆発が起こる。これがビックバン。その時世界はフォトン、漢字で書くと光子、光の子と書きますが、つまり光に満たされたと言われています。

それから温度が下がることによって物質が誕生した。(何年か前の大学入試に「宇宙誕生からしばらくしたら温度は上がったのか下がったのか」という選択問題が出ました。)

最初にできた物質は一番軽い元素である水素

何もない空間から元素ができたというのも不思議な話ですね。

そして物質同士が引かれあい、生まれたのが恒星、星です。今私たちが夜空を見つめると輝いているあのお星様。

そこでは水素をヘリウムに転換する核融合反応が起こっている。それが、星の瞬きですね。やがてヘリウムが貯まると、今度はヘリウムが核反応を起こして、炭素や酸素、ネオン、マグネシウム、ケイ素、硫黄、カルシウム、鉄といった原子が次々に作られていく。その星が寿命を迎えると大爆発を起こし(超新星爆発)、そういった物質が宇宙空間に放出されていったの。

こんなことが何度も繰り返され、やがて一つの星の周りを回る惑星が現れる。その一つが我々の太陽系。太陽の周りを回る星は?」

妙恵の問いに中学3年生および高校生はさすがに答える。

「そう。近い順に、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星。お母様の中にはセーラームーンで覚えた方もいらっしゃるかと思います」

ちゃんと保護者の年代に合わせてくるのはさすがだ。保護者の間で笑い声が漏れた。

「ここで不思議なことに気づくと思うんだけど、私たちの体を作っている炭素や酸素、これらの元素は、一度どこかの恒星にあったものなのね。よく生徒から「先生、宇宙人っていると思う?」という質問をされる時に、半分冗談なんですけど、「宇宙の中の地球だから、私たちが宇宙人だよ」なんて言うんですが、言葉の本来の意味で、我々は「星の子ども」であることに違いないですね。

さて、地球ができたのは今から約46億年前。初めからこんな自然豊かな環境ではありませんでした。非常に熱かったと言われています。水素と酸素が結びついて水つまりH2O、水蒸気が発生し、それが地上に降り注ぐ。雨ですね。それが窪地に貯まり、海となった。この海に太陽からの紫外線や放射線が注がれることによって様々な物質が生まれる。そして、炭素・水素・酸素・窒素などの化合物がタンパク質を生み出す。そのタンパク質から、ついに生命が生まれた。

アメーバのような原始生物。そこから今から約5億年前に魚類が誕生する。それから両生類、爬虫類と進化し、恐竜が栄えたのが今から約3億年前から約6,500万年前。それから哺乳類が生まれ、我々の祖先である猿人が生まれたのは、約400万年前とも700万年前とも言われている。猿人の次は原人を使用していたといいますね。それから旧人ネアンデールタール人などが代表的ですけれども、だいたい今から60万年前。最近ではこの人たちには埋葬の風習があったと言われています。つまり死者に対する哀悼の意を示していた。立派な精神、心を持った人類だったんですね。

そして今から20万年ほど前、我々の直接の祖先と言われている「新人」が発生した。フランスのラスコーの遺跡なんかがありますが、芸術や文化を生み出していった。

物質から生命へ、そして心を持った人類へ、気の遠くなる年月をかけて進化してきたんですね。そしてこの数千年の間に文明を築き、芸術や文化を生み出し、経済活動を行うまでに進化した。さらに現在はITという複雑極まりない文明を築いているわけです。

この複雑系の進化を知らずして、何時代の誰がどんなことをした、などを勉強しても、それは歴史のごく一部しか見ていない。よく、歴史を勉強していると暗い気持ちになる、という人がいるんですね。人類は数千年たっても同じ、戦いは無くならないし、差別も残っているし、貧富の差もあると、そういうふうに嘆く人がいるんですけれども、それは、間近の数千年に絶望しているだけ。お魚さんは何億年と生きているけど、私たち人類の歴史は、まだまだ始まったばかりといえるかもしれませんね」

妙恵はいったん話を区切り、コーヒーを口に含んだ。この時間は飲み物はOKである。

「さて、宇宙の歴史を見てきたんですが、あまりにも壮大な物語ですのでイマイチイメージがつきにくいと思います。そこでみなさんに紹介したい考え方があるんです。

カール・セーガンという方が考案した「コズミック・カレンダー」というものです。

宇宙年表というもので、宇宙誕生を1/1として、現在を12/31にした場合、宇宙がどのような変化をたどってきたのかといことです。138億年を1年間の時間軸に直してみようということです。

もっともカール・セーガン博士の頃は宇宙の誕生が150~160億年前と言われていましたので、現在の138年でざっくりと考えてみます。

宇宙誕生が1月1日

地球誕生が8月

アメーバ9月

魚類12/18

恐竜12/23、29

人類が誕生したのが12/31午後9時

ね、長い宇宙の時間軸で見れば人類が生まれてまだ3時間くらいしか経っていないんです。

キリストが生まれて5秒の間に文化、文明をここまで発展させ、2度の世界戦争を体験しているのが私たち人類です。

ではこの計算式に人間の寿命を当てはめると、100歳まで生きたとしてどのくらいでしょう?」

子どもも大人もそれぞれ頭の中で想像する。

「1秒くらいじゃない?」

「ヤバ、一瞬じゃん」

などと声が交わされる中、妙恵は言った。

「わずか0.23秒です」

悲鳴のように教室がざわめく。

「本当に一瞬じゃん」

「そう、まさに瞬き1つの人生。これを見て人間の命は儚いものだなあという解釈もあり得る」

妙恵はこれまでの講師のような口調から一転して静かに語り始めた。ざわついていた教室内が、妙恵の言葉を聞こうと少しずつ静かになっていく。

「しかし私はこの事を思うとき、不思議な感動に包まれます。0.2秒と言われても、こんなにも日々いろいろなことがあり、楽しい思いも辛い思いも経験している。本当に密度濃く生きているのだなあと思います。短いと言われれば言われるほど、命の愛しさを感じます」

教室が静まり返り、皆が妙恵の次の言葉を待っていた。

「同時に、自分と同じような一瞬の人生を、家族や友人や恩師も歩んでいることに気づくわけですね。毎日顔を合わせる大切な人が、一瞬と一瞬のめぐり合いであると気づくとき、我々は命の尊さを知るのではないでしょうか。そして家族として、友人として毎日のように顔を合わせることができている人たちを大切にしたいという気持ちが芽生えてこないでしょうか」

大人も子どもも頷き、何か大切なものを見つけたような笑みを浮かべていた。

「もちろん、ここは塾なので、目の前のテスト勉強、受験勉強に取り組む場所です。結果を出すために知識の丸暗記、テストへの準備、そして受験の場合は倍率との戦い、それも避けられない。だから普段の授業ではなかなかこういった視点で学んだことを考えることができません。ただ、ふとした瞬間に、辛い受験勉強の休憩時間に、少し、広い視野で知識を総括してみると、受験勉強を超えた大切な何かに気づくことができるのではないでしょうか。

本当はこういう広い視点でものを見ることを、子どもたちに伝えられる大人になりたいと思っています。今日はゆっくり星空を眺めて、悠久の歴史を感じてみてください」

妙恵が講演会の終了を告げると拍手が起こり、母親たちがお茶やお菓子の準備を始めて、学習塾とは思えない和やかな空間が現れた。

こうして今週も旬学舎は無事に一週間を終えることができた。

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