私、「しつちよ」は40代前半男性です。
化粧品メーカーの企画職からキャリアをスタートさせました。商品企画、マーケティング、販売員の研修、営業随行など幅広い業務をこなしてきました。3年2か月で退職した後は外資系マーケティング企業で営業事務として勤務。大手企業のネット広告の戦略立案に携わりました。その後個別指導塾の教室長を11年間勤務。担当教室の売上は社内的にも業界的にも決して恥ずかしくない数字で、一ビジネスパーソンとしてそれなりに成果を出したという自負があります。しかし実際のところは35歳を過ぎたあたりから心身ともに疲弊し常に現場からの「引退」の文字が頭をよぎりながらの勤務でした。
肉体的な疲労はさることながら、「教育ビジネス」または現在の「教育」そのものへの違和感や疑問から来るストレスもあったと思います。
最後の2~3年は教室に行くのがやっとという毎日で、頭も体も働いていないのが自分でもよく分かっていました。何より心が動いていないというのが辛かったです。生徒さんの成績が上がった、志望校に合格した、それらの報告は嬉しいことに違いありませんが、「仕事としての責務を果たせた」という安堵の方が大きく、心から子どもたちの成功や成長を共に喜びきれない虚しさがありました。まさに「心を亡くす」という意味での「忙しい」毎日だったのです。
辞める2年7カ月前、出勤前に立ち寄ったパン屋でふと涙がこぼれ、完全にメンタルがおかしくなっていることに気づきました。その時の様子はFacebook(現Meta)に記録されています。もちろん繋がっている方々のタイムラインの目汚しになるのは申し訳ないと思いライフログとして自分のみ見られる設定にして、ですが。
「パン屋に入った瞬間、シュガーデニッシュとコーヒーで頑張っていた頃を思い出して危うく泣きそうになる。正確には「頑張れていた頃」を思い出して涙腺がうるんでしまったのだ。もう、心身ともに限界なのである・・・。」
「限界」から2年7か月踏ん張り、ビジネスパーソンとしての恥ずかしくない数字を作りながら、生徒たちの成績向上に貢献してきました。それでも、心身ともに壊れかけの状態で向き合っている生徒、保護者、講師には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。私以外の誰かが教室長をやれば、もっとみんなを幸せにできるかもしれないという疑いを抱えながら過ごした毎日でした。
会社には早い段階から退職の意向は伝えていましたがなかなか後任が決まらず、放り出すわけにはいかないという責任感だけでとどまっていました。いよいよ肉体的にも精神的にも壊れてしまうかも、というタイミングでようやく優秀な新人が入社してきてくれました。今では全盛期を彷彿とさせる生徒数の伸びを記録しており、内部生の満足度も非常にいいと聞いています。
ありがたいことに私を慕ってくれる生徒、保護者、講師はいましたし会社の方々からも応援はいただいておりましたが、生徒たちの未来や会社のことを考えたときに私は退職を決意していました。「私以外の誰かが教室長をやれば、もっとみんなを幸せにできるかもしれない」。その直感に従ったのです。組織(この場合は教室)を改善するには「トップが変わる」か、「トップを代える」かしかありません。私はトップを「代える」ことを選択しました。もちろん、これまでは困難に立ち向かった時に自分を「変えて」きたから教室がうまくいってきたのです。しかしやれることはやりつくしたと感じ、これ以上は「変わる」ことができないところまで心身が疲弊していました。言ってみれば自分で自分をリストラしたようなものです。「セルフリストラ」とでもいいましょうか。なかなか自分を客観視できている人間だと思いますが、この決断をするにあたり私の自尊心が傷つかなかったわけはありません。
さて、現場を離れることにより冷静にこれまでの忙しさや心身の不調の原因を考える時間が取れました。そうやって自分と向き合っていく中で、もっと自分を大切にしながら仕事ができたのではないか、などという反省が出てきました。ではそうできなかった原因は何なのか、と考えたときに仕事以外の側面、人間関係の向き合い方など「生き方」にまで思考は及びました。掘り下げていくと学生時代、生徒時代まで遡り、最終的には8歳の時のある経験が原因になっていることを突き止めました。では、過去は変えられないがその時に作られた自我で、心身を疲労させずに生きていくためにはどうすればよかったのか、今からできることは何なのか、ということを考えはじめ、今では気持ちを穏やかに保つことができるようになっています。
実はこれ、キャリアコンサルティングで使うメンタルヘルスの手法を知らず知らずのうちに行っていたのです。これは退職後だけでなく教室長として勤めていた時期から行っていました。だから冷静に「セルフリストラ」をする決断ができたのでしょう。
問題が起こっているのは「自分に」原因がある。(原因というのは自分が「悪い」ということではありません。できる努力をした上で、それでも問題が起こるのはなぜか、ということを冷静に見極めることです。)そのうえで「自分が」どう変わるかを考えることが大切です。そうでなければ、会社や組織を批判したり、誰かを責めたりといった問題のすり替えに執着してしまうでしょう。同じ会社や組織でも楽しく過ごし、成果を出している人もいるのですから、環境に焦点を当てるのは意味のないことです。
辛いことは誰にでもあります。この辛さの原因が何で、どうして自分はこれで辛さを感じてしまうのか、ということを自分で判断できれば、少しは心が軽くなるのではないかと考えました。私は高校生時代から日記を書いているのですが、「書く」ということで無意識のうちに内省、とくに「論理療法」のようなことを行っていたのだと思います。
学校や仕事、家庭、地域コミュニティなどでの悩みが、鬱病などの本格的な精神疾患になる前に、自分の不調を冷静に判断できる手がかりがあれば、セルフチェックに役立つのではないかと考え、数回にわたりメンタルヘルスの手法をお知らせします。
おそらく辛い状況を誰にも相談できずに苦しんでいる人は多いと思います。そんな方々に、なぜ心が辛いのか、どのような原因が考えられるのか、この辛さとどう向き合えばいいのか、そんなことを考える一助となれば幸いです。
次回は2月22日更新予定です。


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