高校2年生の頃、私もあまりいい学生ではありませんでした。
思春期、反抗期の真っただ中、社会に対する不満や大人に対する不信感、人間関係のもつれ、自分の夢があまりにも大きすぎて、無力感や挫折感を抱く日々でした。
いろいろと考えすぎてしまっていたのかもしれませんが、神経衰弱になり、体にも不調が出て学校に行くたびに体調が悪くなって授業どころではありませんでした。
仲がいい家族でもないので家にも居場所がなく、仕方なく学校へは行く、けれど体調が悪い。
結局保健室登校のような形で毎日のように保健室のベッドで休んでいるような生活でした。
半分は本当の体調不良、半分はサボりの感覚がある、自分でも何とも言えない嫌な気分だったことを覚えています。
当然学校の授業にはついていけなくなり成績は下の下。
模試では最下位でした。
その高校は地元で有数の進学校であり、入学時のいわゆる「受験の勝者」というプライドはズタボロでした。
そんな高校2年の秋口。
一人の1年生の女の子が担ぎ込まれるようにして入ってきました。
貧血がひどいと訴える彼女と保健室の先生の話をカーテン越しで聞くともなしに聞いていました。
どうやら彼女は母子家庭らしく、少しでも家計の足しにと毎日のようにアルバイトをしているとのことでした。
職場の環境もあまりよくなく、それで毎日疲れてしまっていると。
家に帰ると疲れて眠ってしまう、でも朝早く起きて遅くまで働いているお母さんにお弁当を作ってあげていると。
授業中も疲れて集中することができずに、どんどん成績が下がる一方。
泣きながら言うわけです。
「私、自分が馬鹿になったんじゃないかと思って。授業を聞いていても全然頭に入ってこないんですよね。自分、馬鹿になったんじゃないか。そう思ってどんどん自分が嫌いになっていってるんです」
学生時代はテストの点や部活動くらいしか評価されるものはありませんから勉強ができないということで自信を失っていくんですよね。
彼女も中学校までは勉強では「勝者」だったはずで、それがそういう生活をすることで勉強どころではなくなり、自尊心を大きく傷つけられていたのだと思います。
さて、ベッドのカーテン越しにその話を聞いていて、私は自分自身を深く恥じていました。
自分は、両親もいて、仕事をする必要もなく、何不自由のない恵まれた環境にいる。
しかしそれに満足せずに、親が悪い、教師が悪い、世の中が悪いと、何か自分が不幸な、もしくは不幸に感じている原因を外に向けて、何もせずに日々を過ごしていただけだ。
もちろん、自分なりに辛いことや悩みはたくさん抱えていたけれども、そこまで心を病む必要があったのだろうか。
もっと向き合わなければならないことがないだろうか。
そう思い直したのです。
心のどこかで思っていたのです、「本気出せば何とかなる」、「努力すれば何とかなる」、「自分には無限の可能性があるんだ」と。
しかし、それも嘘だなと思い直しました。
確かに努力できる人は偉いかもしれないけれども、努力しようと思えばできる環境があること、そのもの自体がありがたいことなのだと。
余計な心配をしないで勉強に集中できる、部活動に集中できる、その結果なにがしかの結果を出した人間は確かに偉いかもしれないけれど、努力できる環境があることに感謝できる人間の方がよっぽど偉いのではないか、そう思いました。
自分は明らかに恵まれた人間。
頑張ろうと思えば勉強でもスポーツでも芸術でも、何でもできる。
でも世の中には、この日本でさえ、自分の力だけでは自分の道を切り拓けない立場の人も多くいる。
じゃあ、恵まれた自分が頭とか心を鍛えているのは何のためだ?
これは決して、自分が良い大学に行ったり、出世したりするため「だけ」ではないはず、そのように思いました。
将来何の役に立つかは分からないけれども、一生懸命知識を身に付けて、何か世の中のため、人のために、一度しかない人生を使ってみたい、そのために、学べるだけ学んでみたい。
そう思い、再び夢への歩みを始めました。
もちろん一筋縄では行きませんでした。
十代の刹那的な感情であったので、それから先も何度も怠けることはありました。
それでもある程度自制心を持って歩んでこられたのは、この名前も顔も知らない保健室の少女との一期一会があったからだと思います。
もちろん、大人になった今ではこの時の出来事に違った視点で話すことはできるかもしれません。「社会保障」というテーマで考え、果たして高校生の彼女がそこまで働く必要があったのかという別の議論が、今ならできるかもしれません。
しかしこの当時は、この出来事が自分の目を覚まさせてくれるには十分でした。
否、さらに内省を深めるならば、自分より不遇の人たちがいる、だから頑張らねばという高尚な理由を無理やり作らなければ頑張れないほど、当時の私は怠け者だったのかもしれません。
その内省まで含めた「保健室の少女」のことを、私は常に思い出します。
自分もまた、意志が弱く、怠け者で、他責思考をする一人の弱い人間であること。
まだまだ道の途中です。


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